近年、「労働者やサプライチェーンの人々の人権を守る」という企業責任がクローズアップされています。自社の事業活動が影響を及ぼす全ての人の人権を守る姿勢が企業に求められており、さまざまな取り組みが行われています。
労働者の人権を守る「人権デュー・ディリジェンス」もその一つです。今回は人権デュー・ディリジェンスの内容や、企業が人権リスクを低減することで実現する職場のインクルージョンについて解説します。
目次
人権リスクを低減するための人権デュー・ディリジェンス
「人権デュー・ディリジェンス(Due Diligence)」とは、企業が自社や取引先の人権侵害リスクを特定し、対策をおこなうことです。問題となる人権リスクとしてはパワハラやセクハラをはじめ、賃金の不足や未払い、過剰・不当な労働時間、児童労働、差別、外国人労働者の権利など20以上の分野が定義されています。
働く人や事業に関係する人々の人権を企業が守る。当たり前のように感じますが、実はこの問題への本格的な取り組みが始まったのは比較的最近のことです。
先陣を切ったのは国連でした。2011年に「ビジネスと人権に関する指導原則」を採択し、労働者の人権を守るのは国と企業両方の責任であると指摘しました。その頃、世界中で労働災害が大きな問題となっており、2013年4月に杜撰な安全管理が原因で縫製工場の入ったビルが倒壊し、1000人以上が犠牲となったバングラデシュの「ラナ・プラザの悲劇」は大きな注目を集めました。こうした事件も、企業の人権デュー・ディリジェンスへの取り組みをいっそう後押ししました。
しかし、この面での日本の取り組みは、決して進んでいるとはいえません。たとえば国連は前述の「指導原則」に基づく「国別行動計画」を作成するよう各国に促しましたが、日本がそれを策定したのは2020年で、世界で24番目でした。またその中で、人権デュー・ディリジェンスの導入は「期待」「推奨」にとどまり、イギリスの「2015年現代奴隷法(2015)」やフランスの「注意義務法(2017)」のような強制力を持つものとはなりませんでした。
実際、企業の人権への取り組み度世界ランキングである、「CHRB(Corporate Human Rights Benchmark:企業人権ベンチマーク)」では、ほとんどの日本企業が平均点以下と評価されています。世界中で「ビジネスと人権」への注目度が高まるなか、人権デュー・ディリジェンスで企業の人権リスクを減らしていくことは、日本企業にとって急務となっています。
企業が人権デュー・ディリジェンスに取り組む重要性
(出典:法務省人権擁護局「今企業に求められる『ビジネスと人権』への対応 詳細版「ビジネスと人権に関する調査研究」報告書)
企業が人権デュー・ディリジェンスに積極的に取り組むことは、非常に重要です。まずは、人権侵害で被害を受けている人々を救済することができます。ユニセフによると、世界で1億6000万人もの子どもたちが児童労働に従事しています。身体的にも道徳的にも危険な仕事に就いている子どもも多く、多くの企業が人権デュー・ディリジェンスに真摯に取り組むことで、こうした児童労働を減らすことができます。
さらに人権デュー・ディリジェンスは、企業価値の低下を防ぐこともできます。人権問題が明るみに出ればブランドイメージは大きく傷つき、炎上や不買運動、ストライキ、取引停止、株価低下などの問題も招きかねません。実際に、米国大手スポーツメーカーの委託先で児童労働が発覚した際には世界的な不買運動が巻き起こり、連結売上高は26.1%減、5年間で1兆3700億円の利益を損失したといわれています。人権デュー・ディリジェンスに取り組むことで、企業はこうしたリスクを減らすことができるのです。
一方、企業が人権デュー・ディリジェンスに積極的に取り組んでいることが周知されれば、社会や顧客からの信頼が高まり、企業価値の向上にもつながります。
人権問題の解決は、「持続可能な社会」の実現にも欠かせません。取り組みにはある程度の時間やコストがかかるとはいえ、企業責任として、自社の事業活動が誰かの人権を侵害するものであっては決してなりません。
人権デュー・ディリジェンスの対策例
一例として、日本の大手消費財化学メーカーは、洗剤などの原料となるパーム油の生産過程に注目しました。生産地での森林破壊や児童労働などの問題を解決するため、同社では小規模パーム農園への支援を決定し、栽培や安全管理に関する技術指導や、設備・資材の提供を行っています。
多くの企業では、まず自社やグループ会社、取引先における人権侵害リスクを把握するための活動実態を調査し、重要課題を特定することから始めます。そこから不当な労働条件やリスクなどの問題を解決するために、第三者外部専門家などに相談し、具体的な解決策を打ち出します。 ほかにも、不正や不平等があったときに通報や通報や相談ができる窓口 を社内やウェブサイト上に設置したり、海外の工場入口に問題発生時の連絡先を記載した看板を設置することで、すぐに声を吸い上げる仕組みも作られてきました。 このように、広く取り組みを共有することで、企業全体のリスクを避けることにつながるのです。
まとめ
労働者やサプライチェーンの人々の人権を守るための取り組みは、企業にとってますます重要なものとなるでしょう。
社会問題解決を目的としたソーシャルビジネスも広がりつつある今、人権デュー・ディリジェンスに真摯に取り組む姿勢が、すべての企業に求められています。 世界に後れをとっている日本企業の今後の取り組みに、消費者である私たちが強い関心を持ち続けていくことが大切です。
参考
経済産業省:
https://www.meti.go.jp/policy/economy/business-jinken/index.html
法務省:
https://www.moj.go.jp/content/001417137.pdf
公益財団法人 日本ユニセフ協会:
https://www.unicef.or.jp/news/2021/0119.html
日経ビジネス:
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00489/072600001/?P=2
日経ESG:
https://project.nikkeibp.co.jp/ESG/atcl/column/00005/111300025/