【対談】インパクトを生み出すサステナビリティの”つくり方”―社会的インパクト評価のリーダーから教えていただいたこと―〈SDGs市民社会ネットワーク 理事 今田克司氏×日本特殊陶業 副社長 松井徹〉

ステークホルダーに対してプラスの影響をもたらす「ポジティブ・インパクト」、これを生み出すサステナビリティとは何か。Niterraグループでは、中長期における重点課題「マテリアリティ」を見直す議論を重ねるなかで、社会にも経営にもインパクトをつくり出すための発想や目線を改めて考えています。

今回は、社会的インパクトの考え方やその評価手法の普及に取り組む今田克司さんとの対話を通して、Niterraグループの可能性や課題を整理する機会に恵まれました。議論の一端をご紹介します。

目次

いまの資本主義経済から利益をあげている会社の変革とは

松井

サステナビリティ部門を担当して以来、私なりにたくさんの本を読んで、多くの経営者たちと議論してきました。その中でまだ整理ができていないことがあります。これまで利益優先の面もあった資本主義の経済構造の中で利益をあげて発展してきた事業会社が、新たな社会経済システムを構想しそれに挑むというジレンマです。矛盾や理想とのギャップに対して私企業がどう立ち振る舞えばいいのか、今田さんの考えを教えてください。

松井徹
日本特殊陶業株式会社 代表取締役副社長
日本特殊陶業にて営業一筋に活躍。欧州や中国市場の営業基盤をつくったのち、新規事業の開発部門を担当。その中で出会う脱炭素やサーキュラーエコノミーに想いを持つ人に刺激をうけ、2023年度から志願してサステナビリティ戦略も管掌するようになる。

今田

企業の中でも危機意識の違いを感じています。金融業界はESG投資を積極的に進め、新たな社会経済に変えようとしています。事業会社では欧州ではビジネスモデルの転換が進んでいる傾向にありますが、米国での議論は混乱しています。パーパス経営を謳う研究者や経営者も増えていますが、まだ一部ですよね。御社に対して変革を要求する圧はまだ低いかもしれませんが、御社のステークホルダーの中にも気候変動に問題意識を強く持つ人や組織もいるはずです。ワークフォース(働き手)からの期待も高いのではないでしょうか。

ところで、いま日本でB corp*認証取得の動きが熱いです。30年近く前にNPOが法人制度化されたときのような熱量を感じています。現行の経済システムや社会制度を言い訳にせず、自分たちで新しい社会をつくるうねりです。社会課題を解決するビジネスモデルをもって、海外の勢いある国々とどんどんつながっています。先進的なアイデアと社会志向性の実践を世に示していないと優秀な若者を採用できないと口にする海外企業も多くなりました。B corpはそれを取得するための社内での議論に価値があります。矛盾や大きな壁を目の前に議論することに啓発効果があると考えています。御社のような大企業であっても議論する価値は十分にあります。

* B corp:2006年に米国から始まった企業認証制度で、健全な企業活動には社会・環境へのコミットが必須と考える。https://bcorporation.jp/

今田克司さん
市民社会の基盤強化に関する第一人者。NPOやNGOとともにSDGsを推進する一般社団法人SDGs市民社会ネットワーク理事、社会的インパクト・マネジメントを社会実装する一般財団法人社会的インパクト・マネジメント・イニシアチブ代表理事、株式会社ブルー・マーブル・ジャパン代表取締役などを務め、組織の社会的インパクトを最大化するための仕組みづくりやムーブメントを牽引している。
 一般社団法人SDGs市民社会ネットワーク https://www.sdgs-japan.net/
 一般社団法人社会的インパクト・マネジメント・イニシアティブ https://simi.or.jp/
 株式会社ブルー・マーブル・ジャパン https://www.blue-marble.co.jp

松井

社内での議論といえば、いま(2024年5月現在)当社グループのマテリアリティを見直す社内議論を進めています。次なる当社グループを担う執行役員クラスのメンバーと合計3回、丸3日の週末オフサイト会議を重ねてきました。それ自体が実は弊社では画期的なことでして…。

今田

新たな光明が見えてきましたか?

松井

たとえば水ひとつとっても、排水には意識が向いているけれど、取水や水源のことまで思考が及んでいないことがわかりました。鉱物採掘時の環境汚染もそうです。ただ、社内に情報を適切に共有すればポジティブに検討できる確信も得ました。中長期軸でステークホルダー全体のウェルビーイングをトータルでプラスにすることに価値も感じ始めるようになりました。

サステナビリティに貢献しない新規事業はない

松井

マテリアリティを再特定しても、そこからが大変だと思っています。グループ内に大きな輪として広げていくためには、意義をしっかりと設定し、強いキーメッセージとともに発信していく必要を感じています。

今田

海外の先進企業をみると、トップがぐいぐい進めていく間に周りがついてくるパターンがほとんどです。みんなで理解しながら進めるというやり方だと、ドラスティックな変化を生み出しにくいですよね。トップダウンで進めるうちに、最初は半信半疑だった社員たちが、“サステナビリティの考え方を取り入れることが自分たちのビジネス機会になる”ということを体感する過程があります。
ポジティブ・インパクトを創出するとき、サステナビリティをビジネスチャンスとして捉えることにはすごく伸びしろがあるのです。

松井

Niterraグループは、お客さまからの要望に堅実に応えることで成長してきました。そういった経緯もあって、ポジティブ・インパクトを生み出すアイデアの出し方にはまだ学ぶことが多いのは事実です。いまは、サステナビリティに貢献しない新規事業はない、と考え、ピッチ(社内での事業提案)の中でもサステナビリティを織り込んでいます。
これも社風かもしれませんが、本質を煮詰めるところがあります。カーボンニュートラルを実現するためのオフセット(相殺する考え方)には、私たちはあまり前向きではありません。地球全体でのGHG(温暖化効果ガス)を減らしていないからです。実質的な削減を技術で実現することで、私たちのビジネスも地球もトレードオン(両方が利する)関係を理想として議論をしています。小手先の発想ではなく、理想論をしっかり掲げ、社内と社外のギャップを埋める志向を追求しています。

時間がかかる企業活動をどう見立てるのか

松井

いまも自動車の内燃機関製品の売り上げが堅調で、社長からは危機感を失わないようにと話がある中、社会的課題の解決と経済合理性を両立させるという経済モデルに合致した新規事業を創出する難しさを、日々感じています。

今田

海外より日本のほうが経営に対して「きつい」印象です。何がきついかというと、日本では営利、非営利の垣根や財務、非財務の垣根などをはっきりさせようとします。営利=お金でリターンしないと受託者責任の不履行だとする暗黙の理解がある気がします。私もかかわったインパクトIPOワーキンググループ*で金融機関との対話を重ねてきた経験からは、日本ではまずインパクト投資は儲かることを証明しなければ資本市場に相手にされないという雰囲気がありました。
欧州ではサステナビリティ課題に取り組んでいないことがマイナスであり、サステナビリティが企業の格付けと株価に連動しています。インパクト投資は社会性と経済性のトレードオン(両立)なのか、という選択の問題ではなく、マストである前提から検討が始まります。リターンは確保すれども、市場並みのリターンでないものも含むのがインパクト投資の定義です。リターンに余幅を持たせているからいろいろなビジネスが生まれるし、社会を中心に考えてさまざまな連携が生まれるわけです。ただ、どうなれば社会にとっても良いのかをしっかり示す必要はあります。

* インパクトIPOワーキンググループ:GSG国内諮問委員会のワーキングの一つ。インパクト企業の上場時における開示ガイダンスを作成している。https://impactinvestment.jp/activities/impact-ipo.html

松井

私たちのマテリアリティにグローバルサウスなどにおける貧困解消につながるものがないのも気になっています。経済性と社会性を両立させるような取り組みも模索中です。グローバルサウスのような国々とのかかわり方のヒントをいただけますか。

今田

例えば農業分野において穀物バリューチェーンを例にとると、貧困の解消や栄養改善、安全な水や教育の確保が視野に入ってきます。特に水は国際的にも注目度の高いテーマなので、御社で取り組むとしたらその際に英語で積極的に発信して打ち出せると発展するかもしれません。
バリューチェーンにおける人権課題や貧困削減は雇用機会の提供などでカバーできたり、スタートアップ投資先として日本に限らず新興国を視野に入れたりすることで解決につながりますね。また、直接投資が難しければ国際開発機関などと組んでファーストリスクを別資金でカバーすることも考えられます。先進国の繁栄が開発途上国の協力の上に成り立っていると考え、グローバルの格差を平板化する意識をもつことが必要だと思っています。

社会情勢の勘所ある人との議論に加わる

松井

今田さんの目線から当社グループのサステナビリティへのフィードバックをお願いします。

今田

長期経営計画で打ち出している延長線上にない未来、とのメッセージに意気込みを感じます。社会と自組織のギャップをどう埋めるのか、体制やオペレーション、企業文化など各方面から取り組んでいると思います。さまざまな社会情勢について勘所がある社外の人とのコミュニケーションの場に関わったりすることが有用ではないでしょうか。

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