2024年3月、「日本特殊陶業 × 東北大学 MIRAI no ME 共創研究所」(以下、共創研究所)*が設立されました。社会的課題を解決する材料として可能性を秘めたセラミックス。共創研究所では、産学連携のもと、未来志向の”新奇”セラミックスの創出を目指しています。設立から1年を迎えた今、共創研究所のこれまでと今、そしてこれからをご紹介します。
この記事では、運営総括責任者を務める菱田に、設立の背景や共創研究所を起点とした目指す姿について聞きました。 (2025年4月取材)
*参考 2024年2月29日当社リリース「日本特殊陶業 × 東北大学 MIRAI no ME 共創研究所」を設置
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日本特殊陶業が挑む次世代セラミックス開発
共創研究所設立の背景を教えてください。
社会情勢が目まぐるしく変化する中で、EV化や半導体需要の拡大など当社を取り巻く事業環境も大きく変わり、必要とされる材料や技術も急速に変化しています。特に、半導体の世界では1~3年と短期間で市場価値が大きく変わるようなスピード感があります。
セラミックスは耐熱性やイオン伝導性、磁性など多彩な機能を持つ材料として、これまで以上に社会課題を解決し得る材料として期待されていますが、その開発スピードが社会の要求に合わなくなってきていることが、当社の開発現場における課題の一つでした。
菱田智子(ひしだ ともこ)プロフィール 日本特殊陶業グローバル戦略本部所属、東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター 特任教授。当社に入社後、20年以上にわたり研究部門において製品の不具合解析等に従事。入社3年目に博士号取得を決意し、応用物理学で学位を取得。現在は、グローバル戦略本部員として経営計画の策定を進める傍ら、共創研究所の運営総括責任者として産学官連携と社内の若手研究者の育成に尽力する。
ものづくりの世界には「カンコツ(勘とコツ)」という言葉があります。例えば、研究レベルでは優れた特性の材料ができても、いざ量産となった段階で同じものがつくれない。同じ設備・工程でも、作業者が変わると少し違うものができてしまう。こういった状況は、実はめずらしくありません。
混合の仕方や焼成のタイミングなど、本当にちょっとしたことがきっかけで材料の特性が変わるのですが、それを解明することはとても難しい。なぜその機能が出るのか、どういうメカニズムで動いているのか、明確に「見える化」できない状態で、担当者の経験則で開発が進んできた部分があります。
私たちが目指しているのは、そうした職人技に頼らない、誰でも再現可能な材料開発です。そのためには、原子・分子スケールからセラミックスの機能をデザインできるようになる必要があります。
東北大学の「共創研究所」制度を選んだ理由は。
まず、東北大学の敷地内に設置された3GeV高輝度放射光施設「NanoTerasu(ナノテラス)」を活用できる点は大きな魅力でした。ナノレベルで材料の構造や機能を可視化できる最先端の分析技術と、東北大学の情報科学の知見を組み合わせることで、材料開発における「なぜ」を科学的に解明し、開発スピードを飛躍的に向上させることができると期待しています。
通常、大学と共同の研究プロジェクトにおいて、大学側が主となることが多いのですが、東北大学の「共創研究所」という制度は、企業の人間が大学の特任教員となり、進め方や広げ方を主導することができます。これはとても画期的だと感じました。
企業側が大学の特任教員として参画できる最大の利点は、大学の先生たちが私たちを「同僚」として扱ってくださることです。通常の産学連携では、企業はあくまで「お客さま」ですが、共創研究所では私たちも東北大学の教員として活動しています。これによってより深い議論ができ、「いつでも相談においで」と言っていただける関係性が構築できています。
さらに、共創研究所は単なる研究の場ではなく、多様な人材が交流する「ステージ」として機能していることも印象的でした。特定の共同研究契約に縛られることなく、自由に情報交換ができる。このようなオープンイノベーションの仕組みが、私たちの目指す研究スタイルに合致しています。
また、企業の実務的な視点と大学の学術的な視点を融合させることで、より実用的な研究開発が可能になる点もメリットのひとつです。私たちは現場の課題を熟知していますし、大学の先生方は最先端の理論や技術を持っています。この組み合わせが新しいイノベーションを生み出すと信じています。
若手研究者の育成と研究文化の変革により、社会課題の解決に貢献する
菱田さんが感じている課題とは。
かねてより私は、社内の優秀な若手研究者の才能をさらに伸ばしていきたいと考えていました。現在、当社のセラミックスの材料開発分野では共創研究所を含め各大学に数人の若手研究者を派遣しています。彼らには専門性を高めてもらうと同時に、社会で何が起きているのか、どんな技術が発展しているのかを肌で感じてもらいたいと思っています。
また、共創研究所を進める中で、社内の若手研究者たちに自分の専門分野以外の先生方と積極的に議論することを推奨しています。一見まったく関係ない分野の研究者たちとの交流は、未来志向や新しい発想、アプローチにつながるはずですから。
研究者は「なぜ」を追求する存在です。しかし、その「なぜ」の追求が内向きになってしまうと、社会のスピード感についていけなくなってしまいます。私たちが目指しているのは、「なぜ」を探求しながらも、そのスピードを加速させる研究マインドです。
そのためには、多様な視点を取り入れることが重要です。近年話題のAIにしても、一つのシステムだけでなく、複数のシステムを使って比較することでよりよい答えが得られますよね。研究も同じで、いろんな人の意見を聞いて、その中から自分の答えを見つけ出すことが大切です。
大学内でも新たな交流が生まれているとか。
先日は、東北大学とともに討論会を開催しました。若手研究者たちが新しい視点を得るきっかけにしてほしいと思い、あえて、自分たちの専門分野ではない先生方をお招きさせていただきました。
共創研究所で企画した討論会。東北大学に加えて、東京大学、名古屋大学から教授をお招きし、当社研究者とのパネルディスカッションなどをおこなった
討論会を振り返ってみると、まったく違う視点を学べることはもちろんですが、それ以上に「自分たちが手掛けている内容について話す」という機会そのものが重要なのだと感じました。この討論会が、若手研究者たちにとって、これまで以上に材料の知識をしっかり身につける必要性を意識するきっかけとなったのであれば、大変有意義なものであったと思います。
また最近は、他部署のメンバーと共に一緒に実験をおこなう動きも出てきています。自分たちの取り組みを発信する機会が増えたことで、材料のことを一緒に議論し合えるような場が研究所内にどんどんできてきていますし、こうした取り組みをどんどん加速していきたいですね。
日本特殊陶業は90年近い歴史を誇りますが、セラミックスの材料としての可能性はまだまだ広げていけると思っています。セラミックスを中核として、どこまでその応用範囲を広げていけるか。これが、日本特殊陶業が立ち向かうべき挑戦だと考えています。
今後の目標と展望を教えてください。
短期的には、共創研究所に関わる社内のメンバーを増やし、東北大学のSRIS(国際放射光イノベーション・スマート研究センター)の先生方と、もっと気軽に相談できる関係を構築したいですね。現在のメンバーだけでなく、より多くの日本特殊陶業の従業員が、この「ステージ」を活用できるようにしていきたいと考えています。
長期的には、セラミックスという材料の可能性を最大限に引き出し、社会課題の解決に貢献できる新しい材料を生み出していかなければなりません。そのためには、従来の枠組みにとらわれない、オープンイノベーションを日本特殊陶業らしく実現していく必要があります。共創研究所は、その第一歩です。
また、ゆくゆくは、共創研究所を含めた分析・解析技術の「辞書」のような、「技術の図書館」をつくりたいと考えています。今は材料開発が特定の人の経験や知識に依存していますが、それを誰でもアクセスできる形で体系化したい。私や現在のメンバーがいなくなっても、その知識を引き継いで、新しい材料開発ができるように整えていかなければと強く思っています。
まずは若手研究者が外部との交流に積極的になれる環境をつくること。そして、ナノテラスをはじめとする最先端技術を活用して、セラミックス開発の新しいプロセスを確立すること。日本特殊陶業らしいオープンイノベーションのあり方を見つけ、社会課題の解決に貢献する”新奇”セラミックスを生み出していきたいと思います。