見えない部分に光を当てる―MIRAI no ME 共創研究所設立から1年

2024年3月、「日本特殊陶業 × 東北大学 MIRAI no ME 共創研究所」(以下、共創研究所)*が設立されました。社会的課題を解決する材料として可能性を秘めたセラミックス。共創研究所では、産学連携のもと、未来志向の”新奇”セラミックスの創出を目指しています。設立から1年を迎えた今、共創研究所のこれまでと今、そしてこれからをご紹介します。

この記事では、共創研究所で研究を進める金子に、これまでの研究や今後の取り組みについて聞きました。
(2025年4月取材)

*参考 2024年2月29日当社リリース
「日本特殊陶業 × 東北大学 MIRAI no ME 共創研究所」を設置

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目次

「見えなかったものが見える」次世代放射光技術

研究現場から見たナノテラスの魅力とは。

長年セラミックスの分析に携わってきましたが、軽元素、特に酸素や窒素の状態を詳しく見ることは従来技術では極めて困難でした。東北大学の敷地内に設置された3GeV高輝度放射光施設NanoTerasu(以下、ナノテラス)は、「軽元素がどういう状態にあるのか」を見えるようにしてくれる、画期的な施設です。

これまでも重い金属元素の情報は比較的容易に取得できましたが、材料の特性を大きく左右する軽元素の振る舞いは推測に頼らざるを得ませんでした。ナノテラスを活用することにより、この「見えない部分」に光を当てることができるようになったのは大きな進化です。

金子 雅英(かねこ まさひで)プロフィール
日本特殊陶業ビジネスインプリメンテ―ション本部所属、東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター 特任准教授。2015年に当社に入社後、一貫して研究部門でセラミックス材料の分析業務に従事。軽元素分析の限界に直面し、放射光の可能性に着目。2019年東北大学大学院環境科学研究科に社会人入学、2024年3月博士号取得。共創研究所では研究現場のリーダーとして、NanoTerasu(ナノテラス)※を活用した先端材料分析を担当。会社と東北大学を往復しながら、産学連携の実務を推進している。

※NanoTerasuは、外部初の官民地域パートナーシップに基づき、設置者であり国の施設である国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)に加え、地域パートナーの代表機関である一般財団法人光科学イノベーションセンター(PhoSIC)と共用促進法に基づく利用促進を行う公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)の判断を得て運営されます。
なお、地域パートナーには、宮城県、仙台市、国立大学法人東北大学、一般社団法人東北経済連合会が関与し、PhoSICを加えたこの5者が密接に連携や協力を図っています。

私が以前携わった電池の電解質を例に出すと、当時はリチウムイオンがどう動き回っているのか、酸素がどういう働きをしているのかを確認する方法はありませんでした。しかし、ナノテラスの技術によって酸素の動きが観察できるようになります。またそれにより、リチウムの動きもデータをもとに推定することができるようになるでしょう。

これまでは「きっとこうなっているだろう」という理論的予測に頼っていた現象を、実際のデータで裏付けられるようになったことは革命的です。性能が出ないとき、あるいはトラブルが発生したとき、その原因を原子・分子レベルで突き止められる可能性が広がりました。

セラミックス企業にとって、材料の不具合原因や性能向上のカギとなる微細構造を原子レベルで解明できることは、製品開発に革命的な進歩をもたらすと期待しています。多くの研究者が「なぜこの材料は性能が出ないのか」「なぜ不具合が起きるのか」という問題に頭を悩ませています。ナノテラスを活用することで、これらの課題に対する新たなアプローチが可能になると考えています。

NanoTerasu ※(一財)光科学イノベーションセンター提供

実験をおこなううえで大切なことは。

ナノテラスでの実験は、観察したい現象に合わせて環境を細かく調整する必要があります。常温で測定できるものもあれば、凍らせる必要があるものもあります。例えば食品分析などでは試料が劣化しないよう特殊な処理が必要ですし、セラミックスの場合も、温度や雰囲気を厳密にコントロールしなければなりません。

重要なのは「何を見たいか」を明確にすることです。漠然と測定しても意味のあるデータは得られません。仮説を立てて、それを検証するための最適な実験条件を設定することが成功のカギとなります。

本研究所において私が特に着目しているのは、一見「不純物」に見える物質です。わずかな物質の混入や純度の違いが、セラミックスの特性を大きく左右することがありますが、これらを単なる「汚染物質」として処理してしまうのではなく、「なぜそこに存在するのか」「どのような影響を与えているのか」という明確な目的意識を持って観察することが重要だと考えています。

理想的な純粋な状態と、実際の製品で使えるセラミックスには必ずギャップがあります。コンタミ(汚染物質)がどのように性能に影響しているのか、それが悪影響なのか、実は性能向上に寄与しているのか。こうした微妙な違いを見極めるために、まず「この不純物は材料のどの特性にどう関わっているのか」という仮説を立て、それを検証する実験設計をおこないます。こうした戦略的なアプローチこそが、実用的な材料開発には不可欠だと考えています。

金子さんは現在、会社と東北大学の二拠点にて研究をおこなっています。

基本的には愛知県小牧市の工場内にある研究施設に勤務しており、月に1週間程度東北大学で実験をおこなっています。サンプルづくりや課題の洗い出しは小牧でおこない、それを持って東北大学へ向かう形です。

この二拠点スタイルによって、最先端の研究成果を社内に還元する架け橋の役割を果たしたいと考えています。大学で得た知見を即座に社内の研究開発に反映できる一方、社内の実務的な課題を大学の研究テーマとして持ち込むこともできます。

社内に技術を展開するにあたり、難しいのは、高度な分析技術やその結果を「わかりやすく」伝えることです。放射光施設でどんなことができるのか、取得したデータがどう製品開発に結びつくのか、そこまで示さないと本当の理解は得られません。

加えて、分析結果の解釈が難しいという声もあります。データを見せただけでは「なるほどね」で終わってしまうことが多く、それをどう材料改良に結びつけるかまで示す必要があります。分析専門家として、社内のさまざまな材料開発に貢献できる体制を整えていくことが責務です。

社内からは「技術があることはわかったけど、どう使えばいいのか」という声もいただきます。そこで今は、実際のデータを示しながら「こういう結果が出るんですよ」と具体例を積み重ねることで、地道に社内認知を広げています。技術の一覧表を作成したり、できることをわかりやすく説明する資料を準備したりもしています。また、社内の研究者に東北大学に足を運んでもらい、分析結果を共創研究所の先生とともに解析、議論することを通じて、理解を深めてもらっています。

産学連携がもたらす持続可能な社会への貢献

現在の研究はどのように役立てられるのでしょうか。

材料の性能向上は、環境負荷の低減につながります。例えば、Niterraグループの製品であるスパークプラグの性能向上は燃費改善によるCO2削減に直結しますし、鉛フリーの圧電材料は環境負荷物質の削減に貢献します。電池材料の効率向上は充電時間の短縮やエネルギー効率の改善をもたらします。製品の長寿命化も重要な要素で、交換頻度が下がれば資源消費も廃棄物も減少します。

Niterraグループ全体が既に「社会的課題を解決する製品をつくる」という方向性で進んでいますが、私たちの研究は、その目標を基礎レベルから支える位置づけにあります。原子・分子レベルでの理解を深めることで、より効率的で、世の中に新たな価値を提供できる材料が開発できるはずです。

今後の目標についてお聞かせください。

共創研究所は3年計画で進めており、スタートした2024年度は準備段階、2年目の今年度は本格的な実験段階に入ります。来年には具体的な材料開発テーマに取り組み、2027年3月末までには新材料の提案ができるところまで進めていきたいですね。

今は社内で「放射光で何ができるのか」を理解してもらう段階ですが、実際の不具合原因を視覚的に示したり、材料特性向上の具体的な指針を提供したりすることで、徐々に認知が広がっていくはず。

とはいえ放射光は「ものを見る」だけなので、実際に材料をどう改良するかは、計算科学など他分野の専門家との協働が不可欠です。材料の構造を見るだけでなく、なぜそうなっているのか、どう変えていけばよいのかを理論的に理解し、実際の材料設計に落とし込んでいく。単独では成し得ない研究を、大学のネットワークを活用して推進できることにも大きな可能性を感じています。

「見える化」という言葉での表現は少し物足りないかもしれませんが、それが革新的な材料開発の出発点になると信じています。来年、再来年にはナノテラスでの実験結果が社内で多く活用されていることを目指して、着実に成果を積み重ねていきたいと思います。

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